八代目五兵衛見聞想録

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help リーダーに追加 RSS 愛国心は、教育するものか?(2008.4.14、No.66)

<<   作成日時 : 2008/04/14 14:30   >>

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 私は、自分の実力に鑑み、政治的なことを書くのは極力避けて来た。しかし、3/28付の官報による小中学校の改訂学習指導要領の内容に、文部科学省が妙な文言を入れたことを知り、書くことにした。新聞報道によると、その文言は、3年を掛けて答申された教育基本法改定案には入っていなかったそうだ。どうして入ったかと言うと、“(2008年)2月の改定案公表後、(文部科学省が)1ヶ月かけて意見を公募。保守系の国会議員等から改定案への不満が出ていたこともあり、文科省は「改正教育基本法の趣旨をより明確にする」ために、異例の修正に踏み切った”とあった。私が“それは教育するものか”と疑問を感じたのは、総則に文科省が入れた“我が国と郷土を愛し”という文言だ。総則には、“これらに掲げる目標を達成するよう教育を行う”とあり、「道徳教育」の目標に、“我が国と郷土を愛し”の文言を加えたのだ。愛国心が大切なことは、言うまでもない。しかし、それは教育できるものであろうか。
 同じ3/28の某新聞の投書欄に、土浦で起きた若者による8人の殺傷事件に関連して、現在の日本社会の若者を取り巻く環境の劣悪さの感慨が載っていた。私も常々同様に感じているので、その投書を少々長いが引用する。“、、、今の若者の職場の不安定さや過重労働はひどすぎると思う。一番夢が持てる年代なのに、アルバイト、パート、派遣など不安定で希望が持てない働き方をせざるをえない。安定した職場でも、健康が心配になるほどの長時間労働は、結婚を考える時間がなく、家庭を維持しにくい。卒業時にうまく就職できなかった年代は、景気や採用条件が好転しても救われない。仕事を覚え、将来設計を描くはずの若者が心身ともに疲労している”。これは、「現在の日本は、将来の国を担う若者達に、あまりにも酷い仕打ちをしている」と言いたいのであろう。また、この働く者に対する働かせる側の酷い仕打ちは、若者達だけにではなく、全ての労働者に対して容赦なく行われている、と思う。それは、某経済団体の長の会社の“不正な労働形態(偽装請負)への関与”や“名ばかり管理職”問題などと枚挙に暇がないが、今回は教育に関連したことに絞りたいので、これ以上は触れない。
 今、1972年7月18日発行のパスポートを見ている。その13頁に、1973年4月27日の日付で、イギリス・ヒースロー空港の入国審査官のスタンプが押してある。勤めた会社の事情で、或る分野の研究方法をロンドンの大学で習得するための長期出張(当初1年間、数か月延長)だった。それは学校を出てから間もなくで、社会での経験は浅いし、英語は僅かに片言を喋れる程度だった。今から35年前になるが、当時、まだ日本人の海外渡航は極めて少なかった。確か、観光で日本から持ち出せる外貨には500ドルの上限があった、と思う。私の場合には仕事だったのでその制限はなかったが、単身赴任であるし、頼れる人・場所は皆無だったので、その心細さには切々たるものがあった。そんな状況での、或る日の出来事だった。何分にも昔のことで時期は忘れたが、天皇陛下ご夫妻の英国訪問があった。当日、バッキンガム宮殿へそれを見物に出掛けた。宮殿へ通じる広い路(ザ・モール?)の両側は、人、人、人で埋め尽くされていた。そして、それらの人達は、日の丸の小旗を持っていた。そして、馬車に乗られて両陛下が通過する際に打ち振られる“日の丸”の旗を見た時、また、宮殿から微かに(門の近くへは行けなかった)伝わって来た国歌“君が代”の演奏を聞いた時、自然と涙が出て来た。
 あの時の涙は、何故出たのであろうか。ヒトは、独りでは生きて行けない。その通りであろう。ヒトの周囲には、己を生んだ両親を始めに、兄弟姉妹、親戚、友人、知人など、たくさんの人達が居る。また、ヒトは誰でも、何かを身に纏い、日々何かを食べ、何処かに住んでいる。ヒトは、己を取り巻いているそういう人達や物(質)などと関わって(言葉を換えれば、依存して)生きている、と思う。そして、その環境を称して、社会と言うのであろう。この社会の概念の上位にある概念が、“国”ではなかろうか。この“国”と言う存在は、油断をしていると、“他”の“国(複数の場合もある)”に侵されてしまう存在であることは、歴史が残酷に述べている。クドイことを承知で更に書くが、“侵される”ということは、ヒトが生きている“基盤”を失うということに通じる。そんな人と国との相互関係に、“我が国”とか、“愛国心”とかの文言が生じる所以がある、と思う。この“我が国”とか“愛国心”とかの感覚は、断じて教えられるもの(教育)ではなく、感じるものだ、と思う。この実感すべき“我が国”や“愛国心”が、昨今の、日本社会の劣悪な仕組みやその舵取りをしている人達の破廉恥さを見ることによって、国民から失われつつある、のではなかろうか。そういう日本の状況の一端が、上に引用した投書によく出ている、と思う。そして、文部科学省(と、象徴的に表現をしておく)も、国民からの“愛国心”の喪失を感じているのであろう。その結果、短絡的に、“愛国心”と“教育”を結びつけたのであろう。何とも浅墓な“施政”だと感じる。

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